【524】ゼネラリストはいらない、必要なのはプロフェッショナルだ!

ここ二週間連続で日曜日にサッカー

の試合があったので、お約束のごとく

週明けの月曜日は体が痛くて仕方

ありません。

話し変わってギリシャのデフォルトが

言われています。

預金封鎖だなんて。

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今日は、
『ゼネラリストはいらない、必要なのはプロフェッショナルだ!』
というテーマで書きたいと思います。

今日もドラッカーの著書である

「プロフェッショナルの条件」で勉強した

ことを記したいと思います。

http://www.amazon.co.jp/dp/4478300593

ドラッカーは本書でゼネラリストについて

以下のように言っています。

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日本企業を初め、これまで近代企業が

育てようとしてきたゼネラリストは
これからの知識経済ではあまり活躍の場はない。

ゼネラリストといえども、知識労働者をマネジメント

する専門家にならない限り役に立たない。

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⇒やはり知識を幅広く知っているだけの

ゼネラリストは必要なく、知識を持ち、

それを活用し生産性を生む知識労働者が必要。

もしくはその知識労働者をうまく動かし生産性、

成果を生むマネージャーとしての知識労働者が

必要、ということなんだと思います。

ドラッカーは更にゼネラリストについて

以下のようにも言っています。

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ゼネラリストとは教養人であり、

色々なことについて話し、
書くために必要なことを知っていた。

色々なことを理解するために
必要なことも知っていた。

しかし彼らは、何かを行うために必要な
ことは知らなかった。

例えば、
「夕食の客には教育のある人がよい。

しかし砂漠では、教育のある人よりも何か

のやり方を知っている人が必要だ。

教育ある人間はいらない。」

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⇒これは砂漠で生き延びるために教養を

知っているより、その生き延びるための術を

知っている、

もっと言えばその術を行うことができる。

そういった人間が知識労働者としての

一例であるのだと思います。

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そして知識についてドラッカーは、

以下のように、知っているだけの

知識でなく、行動が伴う知識でないと

意味がないと言っています。

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今や知識とされるものは、

それが知識であることを行為によって
証明しなければならない。

今日われわれが知識とするものは、
行動のための情報、成果に焦点を

合わせた情報である。

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今回はゼネラリストではなく、

プロフェッショナルである所以について

ドラッカーの思想を元にご紹介しました。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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